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朽ち行くものに光当たらん

大層なタイトルですが、描いているところは真逆。至って小さな隅っこでございますよ。どこを振り返っても小さく生きてきましたから、眼の行くところ関心処はそういう部分が多いのですね。今更治るものじゃありません。しかしながら、神は細部に宿ると言います。誰が言ったか忘れましたが…。


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これは小石や枯草が踏みつけられたようなところに見えますが、半ば抽象的になっているのでどんな解釈でも良いのです。




砕ける光の感じが描ければと日頃から思うのですね。あまり絵が細かくなるとダメなんですが、なるべく単純化しつつ明暗の妙味を解釈できればと思います。私たちはつまるところ光の中で生きている訳です。どんな小さな場所にでも驚くような世界があったりする。自分がもし蟻よりももっともっと小さな生き物であったらどんな世界が見えているだろうか。

しかしそこで、ふと思うのです。盲目の人たちは、頭の中でどんなイメージを浮かべているのでしょう。それともイメージの概念がそもそもないのでしょうか。私にはそこはとても不思議な部分です。人生の途中で視力を失った人は過去の記憶を持っています。しかし生まれつきの人はどうでしょう。

スーパーの店員さんで気楽に世間話をするような間柄の女性が居ます。その女性が何かのメモを書いていたとき、あまりに眼を近づけ過ぎているので気になったのですが、幼い頃に既にそうだったと言います。それでもレジなんか普通にやってて、どういう理屈なのだろうなと思います。眼鏡を工夫しているのでしょうね。

私も眼鏡族ですが、メモなどは外した方が書きやすい。スマホを見るのもそうです。しかしそうするとどうしても近づけて見なければなりません。厄介な話です。私は今は外で絵を描くことはないのですが、もう車に乗らないので荷物と移動が大変なのと眼鏡を二つ用意しなければならないことが面倒なのです。自宅では緩い眼鏡でずっと過ごしています。でも元々がファンタジー系のイメージアートですから室内作業だけでも苦になりません。

生まれつきでないにしても幼い頃に既に強度近視になる人もあって、わたしも時折眺めているマカロンちゃんもどうやらそのようです。マカロンちゃんはフランスの男性と日本女性の混血娘で可愛い。気になった人は検索でどうぞ。

私も何かと目が衰えていつまで細かい作業ができるか知れない状態になりつつあります。絵はまだ大丈夫なのですが、受けている仕事が細かい。そろそろやめたいのですが、やめられない事情もあります。

そんなこんなで、光に関連することと視える視えないに関しては、この頃特に考えることが多いのです。神よ光を…でございますね。


by yumewomitamae | 2024-02-20 11:37 | アート | Comments(0)