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昭和のあの頃の住まい--3

古い昔、私が四つだった頃に住んでいたアパートを思い出しながら3Dで作っています。ところが、自分でも驚くのです。かなりのところ覚えているつもりでした。しかしこうやって作ってみると殆ど覚えていないのでした。まず、このアパートの前身は工場であって、屋根がのこぎりのような形をしていたことと、廊下を挟んで向かい合わせに部屋が連なっていたこと、そして二階があったことです。


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黄色い部分が私たち一家の住まいです。その裏にくっ付くようにして二階への階段がありました。そして我が家の真上には一緒に遊んだりもしたガキタレの部屋があって一度遊びに行ったことを覚えています。その部屋の天井がやや低く傾いていたのを覚えています。 その傾きの記憶がこの方向なのです。




しかし不思議です。辻褄がどうしても合わないのです。二階のガキタレというのはいつか下の我が家に夜中に(と言っても九時前、当時はそんな時間に皆寝ていました)忍び込んできた奴ですよ。好意的に解釈しても一階と二階を間違うでしょうか、入り口を間違うでしょうか。まあそれは良いとしましょう、奴も子供です。だから、そんなでも奴とは一緒に遊んでいました。その彼の部屋に階段を上って遊びに行ったことも覚えています。


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しかし、とすると入り口はどうなっていたのか、一階の造りとは逆になっていたのか。そうとしか思えないのです。

造りは変則的であったことは想像できます。なにしろ天井の傾きが見えたのです。ということは彼の部屋の天井は水平ではなかった。とすると、或いは天井板のない屋根裏部屋だったかも知れないと思うのです。

とするとまた辻褄が合いません。天上の低いそんな部屋への入り口はどうなっていたのか。流しはどうなっていたのか。二階にだって水道はあったはずです。一階と違う間取りでわざわざ作るでしょうか。


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今は思い出しつつ取りあえずで作っているので、辻褄抜きで作ります。これは回転させて反対側から眺めたものですが、一階と違って二階には中廊下があったとは思えない。なのでもしかしたら二階は大きなタコ部屋だったかも。そこを簡易的に仕切って部屋にしていた。入り口は共同のものがひとつあり、仕切りごとにドアがあった。そんな造りだったかも知れません。

とにかく私は、周辺で遊ぶことに懸命で住まいの屋根など見上げることもなかった。ノコギリの形になっていたというのも後日に聞いたことなのです。




はるかに記憶のかなたですが、しかしその場所だけははっきりわかっています。公園の樹木が見えます。その向かい、今は駐車場になっているところがアパートへの入り口でした。工場だったのでそれを取り囲むように塀があって門があったように記憶しています。アパートはそのなかにありました。


by yumewomitamae | 2025-08-09 14:56 | 呟き | Comments(0)