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35年ぶりの大塚--その2

ちょっと間が開きました。前回の記事の後調子が変になり、どうも気分が優れませんでした。単純な風邪ですが、ちょっと変な部分もあるのです。熱もとっくにないのに食べ物の味がまだちょっと変であまりおいしくない。しかしまあこういうこともあるだろうと思ってはおります。随分酷いのをやったこともあるのでそれに比べたら…。


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そんなことで大塚の記事の続き。前回は南口でしたがこっちは駅の北口。もうどの辺になるのかこれだけ変わってしまったらさっぱりわからなくなりましたが、正面にガラの悪いオッサンがやっていた赤い看板のきったない食堂がありまして、何度か食べに行ったこともあるのですが、オッサン偉そうでちょっと不愉快な店でしたね。それがこの辺のどこかにありました。右手の茶色いビルの一階は本屋さん、二階はロイヤルホストのようですが、その辺だったかな。




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大塚は何と言っても都電。転居した当初は物珍しさで何度も乗りました。何故か王子にばかり行っていたのを思い出します。北区王子。王子駅も都電と接してますね。上にループ状の屋根が見えますが、最近のビューでも見えないので何を建てているのでしょうかね。確認し忘れました。


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古いビルが残っています。イオンが入っていますが、元々は何のビルだったのでしょう。マイバスケットと店名が付いていますが、これって例えばコンビニのミニストップのあったところにも同じ名前が付けられていてグループになっているのでしょうか。とにかく以前はこんな店なかったです。ビルの雰囲気は好みですが当時は頭に残らなかった。きっと他の趣味だったかそれどころではなかったか。この時代は私にとっては、ほんとうにいつ黒雲が晴れるかという感じの日々でしたからそれどころじゃなかったのでしょうね。


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その向かいにあるのが角海老ボクシングジム。昔からあります。角海老チェーンと言えば色んな事業を多角的にやっているそうですが、かなり有名なボクサーもここから育ったと聞いています。寒くない日は結構見物する人が多いですね。外から見る限り、こんな狭いところでよく練習できるものだという感じですが。


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交差点の一角にある台湾料理店。当時あったかなあ、よく覚えていないですが、趣味的要素バッチリですね。血糖値の問題さえなければなにか食べてみたい。


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当時よく利用した松屋がまだありますね。松屋の店は結構息が長いのかな。24時間営業なので夜中に仕事をして早朝しょっちゅう食べに来ました。松屋ではトン定が好きだったのですが、当時は500円くらいだったと思うけど、今はいくらくらいなんだろう。メニューにないのですよこれが。他の牛定なんか800円以上なので、高くなったものです。

大塚にはよしやというマーケットがあったのですが、見当たらないので先を歩きました。後で調べたらセーヌとかいうシャレた名前に変わっている気配です。


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私のアパートはその先を右に折れた巣鴨新田という都電の駅に近いのでした。途中に見えるこの店は今は食べ物屋のようですが、以前は美容院だった記憶です。


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巣鴨新田駅。妙に人の出があるみたいにみえますが、なにをしているのかな。都電を待っているにしては皆背を向けて。この駅の横の道を真っすぐ歩いて狭い道筋になった辺りに私の住まいがあって、一時は周辺を散策して街の雰囲気に馴染もうとかなり楽しみにしていたのですがなんとも妙な成り行きというか、今振り返ってみるとそれなりに、というか非現実的に興味深い出来事だったのですが、完全にオカルトといってよいその出来事よりも更に気味悪く感じることがあって、僅か三か月にも満たないでアパートを出る決心をしました。また遠い所へ移動するのも気分的にしんどいので、近くに適当なところがないか、近場の不動産屋さんをうろついたのを覚えております。

悶々の日々でしたね。

by yumewomitamae | 2025-01-18 20:32 | 写真 | Comments(0)